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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)74号 判決

控訴人

株式会社 親和銀行

右代表者

吉富勝次

右訴訟代理人

安田幹太

外二名

被控訴人

株式会社 福岡相互銀行

右代表者

四島司

右訴訟代理人

寒倉邦人

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一訴外萩原商店が被控訴人に預託した不渡異議申立預託金についての控訴人の支払請求について、

控訴人の右請求について原判決八枚目表末行から一二枚目表一〇行目までの認定判断は、左に附加するほかは、当裁判所のそれと同一であるから、これを引用する。

前記認定(引用の原判決認定)のとおり、不渡異議申立提供金は手形振出人等からの依頼に基づき、支払銀行が不渡返還による取引停止処分の猶予を求めるため、手形交換所に差入れる不渡手形金相当額の金員であり、その際、手形の振出人等から支払銀行に対して預託される同額の金員が異議申立預託金である。そこで手形振出人等の手形支払義務者が異議申立銀行に対して不渡異議申立を依頼する関係は委任又は準委任契約と解すべきであり、預託金はその契約に基づき差入れられるもので、委任事務処理の必要経費の前払費用であるから、右預託金は支払手形に対する担保又は供託法上の担保ではなく、まして手形所持人のために約定担保権を設定するものでもない。しかも右預託金の返還請求権は手形支払義務者たる支払振出人にあるが、手形振出人は異議申立銀行に対し、手形交換所に対する異議申立および不渡手形金に相当する現金の提供を委任したのであるから、この委任事務が終了し、異議申立提供金が交換所から異議申立銀行に返還されたときはじめて異議申立銀行から、現実に預託金の返還を受けるものである。したがつて手形振出人の債権者はその手形支払義務者を債務者とし、異議申立銀行を第三債務者として、手形支払義務者が異議申立銀行に対して有する前記預託金返還請求権を差し押え、転付命令などを得ることにより手形金の回収を図ることができる。異議申立の制度および異議申立預託金の性格についての前記認定の事実からみても、右預託金を控訴人主張の如く「第三者」たる「受益者」としての手形権利者のために預託されたものと解するのは相当でない。そこで手形権利者である控訴人が前記第三者のための契約における「受益者」として直ちに右預託金の支払を求める本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。

二不法行為に基づく損害賠償請求について、

控訴人の主張する不法行為に基づく損害賠償請求の要旨は、支払銀行たる被控訴人が萩原商店の債務超過の事実を知悉しながら、本件手形の不渡事由として事実に反し、「契約不履行」という債務者の資力と無関係な支払拒絶事由を記載して手形を不渡返還し、不渡異議申立をして控訴人の手形金の回収を故意に妨げたというにある。

そこで控訴人の右主張につき判断するに、前記認定(引用の原判決認定を含む)のとおり福岡手形交換所交換規則には「当交換所で交換した手形の内、支払に応じ難いものがあるときは、持帰り銀行(支払銀行)は、その手形に不渡り事由劇附記し、……これを持出銀行に返還しなければならない。」(同二二条)と規定され支払銀行が手形支払を拒絶する場合の理由については何ら法的規定はないが、慣例によつて一定の事由が利用されている。そして、その不渡事由は一般に「信用に関するもの」と「信用に関しないもの」に大別され、前者には主なものとして「取引なし」「当座取引なし」「預金不足」「資金不足」などがあり、後者には主なものとして「契約不履行」「偽造」「盗難」「紛失」などがある。そして前者の理由で手形の不渡返還を受けた持出銀行は必ず手形交換所へ不渡届を提出することになり、引いては手形振出人は取引停止処分を受けることになるのに対し、後者の理由の場合、前者の事由と同じく取引停止処分を受けさせることは苛酷で不合理であるから、この場合は支払銀行は不渡処分の猶予を求めることができるとされ、これが不渡異議申立制度である。支払銀行が手形支払人から「契約不履行」など信用に関しない事由を告げられた場合真に手形支払を拒む法律上の事由があるかどうかについて支払銀行においてその真偽を確認することは極めて困難であるから支払銀行としては支払義務者の申出により処理せざるを得ないのが実情で、且つ又それが銀行業務の内容からも当然といわねばならない。しかしながら支払銀行は手形支払人のため不渡異議申立をするにつき右義務者の受任者の立場に立つとはいえ、一方においては手形交換所交換規則の上では不良手形を追放し、手形一般の信用を高める公的立場にも立つのであるから、支払銀行としては、支払義務者の申出た「契約不履行」などの事由が全く虚偽のもので、たゞ手形の支払を免れるためにするものであることを知悉しながら敢て右申出を受けて、その手形を右事由により不渡返還することは許されないと解すべきである。そこでこれを本件についてみるに、支払銀行である被控訴人が控訴人の主張のとおり本件手形を「契約不履行」の事由によつて不渡返還したことは前記のとおりであつて、〈証拠〉によれば、被控訴人が、本件手形の呈示を受けたのは満期である昭和四三年八月二五日の翌日、同月二六日であるところ、同日、被控訴人は萩原商店の依頼によりその申出どおり拒絶事由を記載して前記のとおり手形を不渡返還したこと、一方萩原商店は従来手形金支払のため被控訴人から手形割引による貸付を受けて支払に当てゝいたが、本件手形の支払金確保のため満期の前日である同月二四日被控訴人に対し手形割引による貸付申込みをしていたこと、そして被控訴人が不渡返還した当日にはその貸付を受けていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、被控訴人は萩原商店の依頼により申出どおりの拒絶事由を記載して本件手形を不渡返還したが、かゝる取扱いは銀行業務としては当然のことであつて、そこに何ら責められるべき点はなく、しかもそれは萩原商店の預金不足を知悉しながら虚偽に前記の拒絶事由を記載したものでもないから、被控訴人の前記不渡返還およびこれに伴う不渡異議申立が、控訴人に対する不法行為を構成すると解するのは相当でなく、他に控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠もない。そこで控訴人の被控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。

三してみると、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(亀川清 原政俊 松尾俊一)

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